八木虎之巻の表紙八木虎之巻の表紙現在、世界で良く知られているテクニカル分析手法は、日本か米国で考案されたものがほとんどです。日本は、世界で最も古くから先物取引が公式に行われていた記録が残っているとされ、それに合わせて価格推移の研究が進んだのでしょう。一方、米国でなぜ研究が進んだのかは、よくわかりません。
日本の歴史
埋もれた天才、井上揚三郎
日本最古の相場指南書は、牛田権三郎が1755年に書いた「三猿金泉秘録」だとされています。「万人が万人ながら強気なら、たわけになりて米を売るべし」などの相場格言が有名です。京都大学貴重資料デジタルアーカイブで「(校正)三猿金泉秘録」 を閲覧することができます。また、翌年の1756年に猛虎軒は「八木虎之巻(はちぼくとらのまき)」 を書いたとされ、「もうはまだなり、まだはもうなり」、「天井売らず、底買わず」などの相場格言は現在でも使われます。しかし、いずれもテクニカル分析ではありません。
井上揚三郎の足(定期相場高低罫線推理法 1910)井上揚三郎の足(定期相場高低罫線推理法 1910)罫線のパターンについての解説書が出たのは、1901年に青木伝吉が「著者実験定期売買之秘伝」 で、「三尊」などを紹介したのが最初ではないかと思われます。その後、大島城南が1909年に「期米相場罫線秘法」 を出し、「包み足」や「孕み足」を紹介しました。
そして、1910年になると井上揚三郎が「定期相場高低罫線推理法」 を出し、その中で、新値1本足を紹介したほか、寄り付きから大引けまでを太い矢印で表し、上影と下影を点線で描くというローソク足の原型ともいえる描画法を紹介しました。残念なことに、彼はこの罫線に名前をつけませんでした。また、足形2本を1組にして解釈する方法も詳しく解説しました。天才的な罫線研究家ですが、長い間忘れ去られていました。
大正~昭和初期に手法が続々
大正時代に入ると、いろいろな手法が考案されました。ローソク足の成立もこの時期だと推測されます。
1913年:岩谷楽泉は、「期米観測楽泉秘録」 で「平均足」(移動平均ではありません)を紹介しました。
寄止錨足(相場大罫線学 早坂豊三 1914)寄止錨足(相場大罫線学 早坂豊三 1914)1914年:早坂豊三は、「相場大罫線学」 で、「寄止錨足」を紹介しました。これは、1銭毎に実体部分は■、上影と下影は・、大引けは△または▽で表し、同事足は◆とするもので、井上揚三郎の矢印形の罫線からローソク足に至る中間形といえます。また、電光将軍の異名を持つ亀田介二郎の考案した電光足(現在の練行足)を紹介しました。
1916年:阿部熹作は、「最新罫線株米大勢測定口伝」 の中で、「阿部式極秘大勢方針引」として3日移動平均を紹介しました。阿部熹作は、阿部式○○引という罫線をいくつも発表しています。ちなみに「引」は「足」と同じ意味です。
陰陽引日足(株式罫線講習録 無髯老人1920)陰陽引日足(株式罫線講習録 無髯老人1920)1920年:井上三昧(広吉)は「足取の原理」 の中で、初めてローソク足の描き方を文章で紹介しました。古来からある「蠟燭引(ろうそくびき)」と呼ばれる描き方で、「棒足」のバリエーションだとしていますが、考案者については触れていません。なお、井上三昧自身は「棒足」の実体部分を陽線なら赤、陰線なら黒に塗り分け、影の部分を白抜きに描く方法を好んでいました。
1924年:無髯老人(安田与四郎)は「株式罫線講習録」 を書き、「陰陽引日足」という呼び名でローソク足を初めて図入りで紹介しました。安田与四郎は、経済誌「ダイヤモンド」の主筆だったので、ローソク足はダイヤモンド社が考案したという俗説が生まれました。
1933年:井尻固が「市場経済講座-第3巻 罫線による相場観測」 で、数本のローソク足の組合せによるパターン分析を紹介しました。井尻固は、日本経済新聞社の前身とされる中外商業新報の市場部長です。この記事では、ローソク足の時間が左から右へ(海外や現在と同じ)に推移するように描かれています。しかし、それ以前の罫線は、縦書き文章と同じように、時間が右から左へ推移するように描かれています。
1935年:都新聞(現在の東京新聞社)の商況部長であった細田悟一が、都新聞に「新東転換線」を発表しました。後に一目山人のペンネームを用いるようになり、チャートも「一目均衡表」に改称、1969年から1981年にかけて「一目均衡表」7部作を順次出版して手法の詳細を公開しています。
不遇の時代と日本テクニカルアナリスト協会の設立
第2次世界大戦後、オフィス・コンピューターの普及とともに株価チャートをコンピューターで描くようになると、カギ足や棒足は徐々にすたれ、ローソク足で描くのが一般的になりました。
1970年頃は、企業情報の開示が少なく、インサイダー取引や相場操縦、風説の流布なども横行していました。当時のテクニカル分析は主観的要素が強く、大きな損失を出す者も散見されたことから、「罫線屋 線を引き引き 足を出し」などと揶揄されました。一方で、海外で発表されたランダムウォーク仮説や効率的市場仮説への支持が広がるとともに、一部の証券会社では罫線禁止令が出されたともいわれています。
テクニカル分析の有効性を主張する声は徐々に小さくなり、研究する人も減りました。このような状況を見て、株価分析理論の研究者で立命館大学や神戸大学で教鞭をとった住ノ江佐一郎博士は、知識や文献が散逸するのは良くないとして、業界有志に声をかけて日本テクニカルアナリスト協会を創立しました。相場サイクル論の浦上邦夫、ソナーチャートの岡本博、ポイント&フィギュアの合寶郁太郎、移動平均の吉見俊彦など、当時、日本を代表するテクニカルアナリストが多数集まりました。
20世紀後半に日本で考案された手法には、岡本博の考案したゴールデンチャート・ベクター、ソナーチャート、篠原正治の考案した篠原レシオ、安部雪春の考案した和光ボリュームレシオ、古城鶴也の考案したKチャートなどがあります。また、考案者は不詳ですが移動平均乖離率、逆ウォッチ曲線、サイコロジカルラインなども日本で考案された指標です。
海外Charles H. Dow – New York World-Telegram and the Sun Newspaper Photograph Collection, Library of Congress, Prints and Photographs DivisionCharles H. Dow – New York World-Telegram and the Sun Newspaper Photograph Collection, Library of Congress, Prints and Photographs Divisionの歴史
ダウと統計学の創設
米国では、チャールズ・H・ダウ(Charles H. Dow)がテクニカル分析の始祖といわれています。ウォールストリート・ジャーナル紙で株式市場の動きについて解説していたダウは、市場全体の動きを知るために平均株価を考案し、1884年7月3日に発表したといわれています。現在のダウ工業株30種平均の元になった指数です。ダウは、自身の説について解説した本を出版していませんが、1903年にS・E・ネルソン(S. E. Nelson)が「The ABC of Stock Speculation」 を出版して、ダウの考えを「ダウ理論」と呼んで広めました。この中でネルソンは、ダウはブックメソッドという方法で価格を記録していたとしています。
一方、英国では、アダム・スミス(Adam Smith)が1776年に「国富論(An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations)」 を発表して経済の研究が進むと同時に統計学が派生しました。1833年には、イングランド銀行(Bank of England)で移動平均(Moving Average)が考案されたという説がありますが、詳細はよくわかりません。
20世紀中盤は百花繚乱
1922年:ウィリアム・P・ハミルトン(William P. Hamilton)は「The Stock Market Barometer」 chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://dn790000.ca.archive.org/0/items/stockmarketbarom00hamirich/stockmarketbarom00hamirich.pdf を出版して、ダウ理論を再度紹介しました。
1923年:ウィリアム・D・ギャン(William D. Gann)は「Truth of the Stock Tape」 を出版し、投資家がストック・テープ(電話回線を通じて株価情報をテープに出力するサービス)を用いて市場分析する方法を紹介しました。
1932年:リチャード・W・シャバッカー(Richard W. Schabacker)は「Technical Analysis and Stock Market Profits」 を出版して、様々なパターン分析を詳しく解説しました。また、彼はこの本の中でバーチャートの描き方を説明しています。
ダウ工業株と移動平均(Stock Market Technique リチャード・D・ワイコフ 1935)ダウ工業株と移動平均(Stock Market Technique リチャード・D・ワイコフ 1935)1933年:ビクトール・ド・ビリエ(Victor deVilliers)は「The Point and Figure Method of Anticipating Stock Prices: Complete Theory & Practice」 を出版して、ポイント&フィギュアを詳しく紹介しました。
1935年:リチャード・D・ワイコフ(Richard D. Wyckoff)は「Stock Market Technique」の中で、ダウ平均株価の移動平均線を新しい手法として紹介しました。
1938年:ラルフ・N・エリオット(Ralph N. Elliott)は「The Wave Principle」を出版して、エリオット波動原理について詳しく紹介しました。
1947年:A・W・コーエン(A. W. Cohen)は「How to Use the Three-Point Reversal Method of Point & Figure Stock Market Timing」を出版して、3枠転換法のポイント&フィギュアを紹介し、現在のP&Fの基礎となりました。
1948年:ロバート・D・エドワーズ(Robert D. Edwards)、ジョン・マギー(John Magee)、W・H・C・バセッティ(W.H.C. Bassetti)らは「Technical Analysis of Stock Trends」を出版しました。欧米でのテクニカル分析の入門書として広く知られています。
コンピューターの登場で手法も複雑に
ジョージ・C・レーン(George C. Lane)は、投資教育学校の同僚とストキャスティクス・オシレーターを開発し、1957年に発表しました。その後、1960年代に入ってコンピューターを使ってテストもしたようです。
J・M・ハースト(J. M. Hurst)は、物理学の波動の概念を株価推移の分析に応用した独自のサイクル分析を考案し、1975年頃にこの手法を教える投資教室を開きました。
ジョセフ・E・グランビル(Joseph E. Granville)は、「Granville’s New Strategy of Daily Stock Market Timing for Maximum Profit」 を出版して、移動平均を用いた売買手法とグランビルの法則を紹介しました。
J・ウェルズ・ワイルダー・ジュニア(J. Welles Wilder Jr.)は1978年に「New Concepts in Technical Trading Systems」 を出版し、独自に考案した相対力指数(RSI、Relative Strength Index)、方向性指数(DMI、Directional Movement Index)、パラボリックシステム(Parabolic System)、ピボット(The Reaction Trend System)などを紹介しました。また、ボラティリティやトルーレンジといった、現在もよく使われる概念について解説しました。これらの指標は、手で計算するには厄介なものばかりですが、当時発売されたプログラム機能付き関数電卓用のプログラムを別売したことで、圧倒的な支持を受けました。
同じころ、ジェラルド・アペル(Gerald Appel)はMACD(Moving Average Convergence / Divergence)を考案しましたが、解説書を出版したのは大分後になってからです。
MACDで使う移動平均は、指数平滑移動平均を用いることが多いのですが、この値は計算方法が煩雑で手で計算するのは厄介です。1970年代頃から、コンピューターを利用すると便利な手法が増えてきます。コンピューターで計算できる手法は、過去データなどを使ってバックテストをすることができるので、事前に有効性や弱点の検討ができます。事前のテストができない手法よりは、客観性が高いといえます。
さらなる進化と新たな試練
ロケットサイエンティスト
1970年代、米国で有人宇宙船を月へ送るアポロ計画が一巡すると、宇宙開発予算が大幅に削減されました。その結果、多くの科学技術者が失業し、一部は金融界へと転じました。彼らは物理学や高等数学の知識を応用して金融分析を行い、ロケットサイエンティストと呼ばれました。
ロケットサイエンティストたちは知識を駆使してオプションの理論価格やリスクの算定を行い、ポートフォリオの最適化や、複数の金融商品を組み合わせた複雑な投資商品を考案しました。このときに使用する定量的な分析手法を総称して金融工学といい、金融工学を使って分析や投資判断、商品開発などを専門に行う人たちをクオンツと呼びます。
John Bollinger (bollingerbands.com) https://www.bollingerbands.com/John Bollinger (bollingerbands.com) https://www.bollingerbands.com/テクニカル分析への応用
John F. Ehlers (mesasoftware.com) https://mesasoftware.com/John F. Ehlers (mesasoftware.com) https://mesasoftware.com/傾向線を引いたり移動平均を用いてトレンドを知る方法は、1900年前後に経済学(のちの統計学)で用いられた手法を価格分析に転用したものです。統計学にヒントを得た手法は多数あり、ジョン・A・ボリンジャー(John A. Bollinger )は、1980年代に標準偏差を使って価格のボラティリティを視覚的に分かりやすくするボリンジャーバンドを考案しました。一方、ジョン・アンダーソン(Jon Anderson)は、1996年に標準誤差バンド(Standard Error Bands 1)を紹介しました。また、古城鶴也は、1995年にt検定を応用したKチャート(2)を発表しました。
ロケットサイエンティストの1人であるペリー・J・カウフマン(Perry J. Kaufman )は、それまで実現は遠いと考えられていたコンピューター・プログラムによるシステム取引で、利益が出ることを実証して見せました。カウフマンはアルゴリズム取引という言葉も使っていますが、ここではシステム取引としておきます。日本では「コンピューターを使って売買注文の執行を最適化する取引」をアルゴリズム取引といい、「あらかじめ決めたルールに従ってコンピューターが自動発注する取引」はシステム取引ということが多からです。
同じくロケットサイエンティストで個人トレーダーでもあったジョン・F・エーラーズ(John F. Ehlers )は、デジタル信号処理技術を応用して1978年に最大エントロピースペクトル分析(MESA)を応用した移動平均を考案し、自動売買ツールとして発売しました。エーラーズは、このほかにも多数の手法を考案しています。
システムの高速化とテクニカル分析
2000年代に入り、アルゴリズム取引やシステム取引を利用する機関投資家が増え、東京証券取引所の取引システムが高速化されると、高頻度売買(High Frequency Trade)が増加しました。HFTは注文の株数や件数が多く、しかも頻繁に変更されるので、人がリアルタイムで全貌を把握することはできません。この結果、ディーラーやデイトレーダーは、見えない相手と競争することになり、成績を上げることが難しくなりました。
一方、価格推移を観測する時間の単位をタイム・フレームといいますが、タイム・フレームを短くすればするほど、価格推移はランダムに近づくことが知られています。テクニカル分析は、その多くがトレンドの発生と消滅を検出するための手法ですから、タイム・フレームが短くなるほど、有効性を期待するのが難しくなります。
しかし、「3. テクニカル分析への批判」の「B 価格推移はランダム」のところで紹介したように、乱数で作成した疑似株価チャートにもトレンドは現れます。日々の価格変化は、今後ますます効率化されて、今以上にランダムに近づいてゆくかもしれません。しかし、週次や月次ではトレンドが発生すると予想され、そこにはテクニカル分析を適用する余地が残されていくのではないかと考えています。
*1 Jon Anderson, 1996 「Standard Error Bands by Jon Andersen, Stocks & Commodities V. 14:9 (375-379)」 Technical Analysis Inc.
*2 古城鶴也, 2019 「テクニカル分析がわかる」 日本経済新聞社
